頑丈な中国語勉強

アメリカから帰国した中学生の例について考えてみよう。
この中学生は、「自分の考え」を発表しようとする。
それだけで全員の拒否反応を引き起こすのである。
それはつまり、彼が自分の姿を屹立させて、全体から切れてしまう、それを同級生たちは「はずれている」と表現しているのだが、そのために彼の発言は押さえられるのである。
』』こで、まず誰しも考えることは、日本人のこのような体質は、「個性」の発展を著しく阻害するということである。
個々の人間がそれぞれの「自分の意見」を発表できるからこそ、個性が伸ばされるのではないか。
そのうちに、「自分の意見」など消え失せて、他人のことばかり気にするようになってしまったら、「個性」などはなくなってしまうだろう。
 このような考えを強く主張する人は、日本人は個性が弱いとか、創造性が低いとか、言いたてることになる。
確かに先進国のなかでは、ノーベル賞受賞者の少ない事実などとも結びつけて、日本人の創造性の低さということはよく言われる。
しかし、果してそうであろうか、よく考えてみる必要がある。
 アメリカ人は確かに、自分の意見をはっきりと主張する。
アメリカの学校に行くと、大学生でもどんどん発言するし、質問心よくするのに感心させられる。
しかし、それをすぐに 「個性的」と言えるだろうか。
個人主義が発達しているために、個人の発言はよく行われるにしても、それはひとつひとつユニークなものである、とすぐ言えるだろうか。
 個人個人が同じような意見を言う、同調性が案外と高く、結局は同じようなことを言っているとする。
個人の確立がすぐに個性の発展に結びつくとも言えないと思われるのである。
実際に、アメリカ人の生き方を見ていると、個人の意見を明確に表明することは、もちろん日本人よりすぐれているが、それによってすぐに、彼らの方が日本人より個性的であるとは言えないように思われる。
 おそらく、自我意識のあり方がどうであれ、日本人は日本人、アメリカ人はアメリカ人なりに、個性的であることや、創造的であることは難しいのであろう。
このことを教育との関連で言えば、集団の一般的傾向と異なる生き方をすることは、どこの社会でもなかなか難しいことで、教育者が、被教育者の個性的表現を許容したり、促進したりする態度をもつことがいかに難しいか、ということになるだろう。
 このように考えてくると、試験の問題に対して、「正しい」答をできる限り早く見出すことを訓練することは、それが「正しい」ことであっても、個性の発展を妨害することがあるのに気づくのである。
問題を解く際に、いろいろと模索し、間違ってみることのなかに、案外個性の発芽が認められるかもしれない。
せっかちに正答を見つけるのではなく、そのような誤答のなかに価値を見出すことも必要である。
 大学入試センター試験は、多数の受験生より選抜を能率的に行う点で有力なものであるが、この型式が高校生の普段の学習様式を決定する方向で力をふるいすぎると、生徒の個性的な生き方や考え方を阻害することになってくる。
その点、各大学がその大学の個性を反映する入学試験問題や方法を探ろうと努力しはじめていることは、好ましいことである。
 話を、欧米と日本との個性の問題に戻すことにしよう。
おそらく、個性や創造性という点においては、両国民にそれほど差はないであろう。
しかし、創造性といっても、それは自然科学の領域のみならず、芸術や宗教など文化のいろいろな領域において発揮されるものであるから、日本文化のこれまでの発展を見ても、日本人の創造性は大いに発揮されていると言うべきである。
ただ、自然科学について言えば、それがそもそも西洋近代の自我の確立を基礎として発展してきたものだけに、日本人がにわかにそこで創造性を開花させるのは、まだ無理であったと言えるかもしれない。
 自然科学の発展の基礎となるような近代自我を、子どものときに確立することが、日本人のなかではどんなに困難であるかは、先に示した帰国子女の例が示している。
この点に注目する人は、日本人で創造性の高い人は海外に流出してゆく、と主張する。
実際に、日本の「学会」というものが日本的集団構造を強くもっているときは、そのなかで若い人が自由に発言できない、あるいは、能力のある人の足をひっぱる人が多い、などの現象が生じる。
 わが国では、すでに述べたように、母性原理による絶対平等感が強いので、特定の能力のある人が、たとえそれにふさわしいだけの待遇を受けていたとしても、それは「民主的でない」ということばで表現される、日本固有の論理によって反対されてしまったりする。
このために、創造的な個人がのびのびと活躍する場が奪われてしまうのである。
このことは、今後、日本の教育や研究のおり方を考えてゆくうえで、大いに反省しなくてはならない点であろう。
 しかし、問題は簡単ではない。
近代自我はそろそろ行きづまりを見せ、人間の自我意識のあり方においても、まさに転換期に来ていることを自覚させられるからである。
わが国の教育が、したがって、西洋に追いつこうとして、近代自我を確立するような教育にそのあり方を変えたとしても、それはたちまち時代おくれとなってしまうであろう。
近代自我を超えたあり方を、われわれは探索しなくてはならない。
わが国の教育のあり方は、欧米をモデルにするわけにもゆかず、日本の従来の方法をよしとするわけにもゆかず、「個性」を見出してゆくのには、いったいどのようにすべきか、強いジレンマに悩まされるのである。
 自然科学の分野において考えても、これまでの自然科学のあり方を超える方向を見出すことが課題となってくると考えられ、そうなると、西洋的な自我のあり方のみならず、東洋的な意識も意味をもってくるのである。
ひとつの例をあげると、I氏をはじめとするわが国の霊長類研究グループの仕事は、その点で、日本人のよさを見事に生かしている研究であると考えられる(『宗教と科学の接点』参照)。
 このグループの特徴を、ある人が冗談まじりに、「人情紙より薄く、団結鉄より固し」と言ったことがある。
確かにこのグループの団結力は強く、その信頼感の上に立って、グループによる研究活動が成果をあげたのであるが、「人情紙より薄く」と表現されているのは、グループの成員が、I氏というリーダーを指している。
これは私的なグループ内だけのことではなく、活字によって公的に表現するときでも、まったく遠慮することなく正面から論戦している。
このことは、このグループの活力のひとつの源泉であり、これが、一般の日本的母性集団と異なるところである。
 自分たちの集団がよい集団であることを示すために、「家族的」という表現が使われることがよくある。
ある学級は全員が家族のようである、などと言う。
これは全員の親しさを表わすためのことばと思うが、「家族的」ということによって、集団の成員が自分の本当に言いたいことを圧殺していることを意味するなら、それは大きい問題である。
「家族的集団」であることを、そのリーダー格の人が誇りとしているとき、メンバーの多くが表現の不自由さを不満に感じていることは、わが国ではよく生じているのではなかろうか。

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